湖北医師会歯科医師会連合会について
 
[湖北医師会歯科医師会連合会]は昭和42年3月に設立されましたが、その源流は、大正末期頃[三日会]と称する医師と歯科医師とで構成する親睦会ができたことに始まります。この[三日会]は、産科・耳鼻科・内科・外科等の医師と歯科医師あわせて10名程の集まりで、毎月3日には夕食会が八幡町の住茂登で開かれていました。

この[三日会]は、かなり長く続きましたが、断ち切れそうになった頃の昭和16年、当時長浜保健所所長であった吉村英一先生の提案により、長坂健一先生を幹事役に、岡野清先生を初代会長とした[春光塾]が結成されました。会合においての話題は、医学の領域のみならず、時局や戦局に関するものから、医師はどうあるべきか、というような医道・倫理にまで話は及んだといいます。また、公衆衛生活動のひとつとして、戦争中の物資の少ない中で、医師と歯科医師が共同で無医村地区に1日病院としてボランティア活動をおこなっていました。終戦後しばらく途絶えていた[春光塾]のメンバーが再び集まり、[カント会]として復活しました。この[カント会]の名前は、哲学者カントにちなんで付けられたものです。

会は、戦後の混乱の続く中で、医師・歯科医師のあり方、人間としてどうあるべきか等と、真剣に哲学や倫理についても論じられました。この[春光塾]や[カント会]が今日の湖北医連の思想的背景となっています。
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また、う歯予防に関連して歯科と産婦人科・小児科の合同勉強会もしばしば開かれ、後述する[強い歯をつくろう運動]を推進する中で、強い歯は妊婦の時からという理由で始められた妊婦検診は、医師・歯科医師の共同事業として今なお続けられています。このような全国にもまれな医師と歯科医師との繋がりがあってこそ、湖北医師会館の設立、湖北医師会歯科医師会連合会の設立へと発展し、医歯共同の事業が展開されてきました。

 真の友愛、相互扶助、真理の探求、批判精神などの血は歴史を土壌として脈々と流れているのです。

 

現在「湖北医師会歯科医師会連合会」は解散し、「湖北医師会」と「湖北歯科医師会」として、それぞれ活動しています。